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オーディオ、音楽のほかメディア評、書評や日々の雑感など、ジャンルごった煮でお届けしています。
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 インターネットが登場し、あっという間に浸透したお陰で、新聞も雑誌もテレビも、もはや多くの支持を集める媒体ではなくなりつつある。新聞の後退はここのところ顕著という向きが多い。テレビは広告収入が横ばいペースで推移しているようでもあるので、オールドメディアの中ではまだ何とか王者のポジションを堅持している。

 さて、年末年始に煎餅をかじりながら、虫には逆にお尻をかじられつつ、テレビの視聴を熱心に進めた。テレビは何といっても、映像を以って分かりやすく番組制作をしているので、そんなに頭を使わずとも、内容がすんなり入って来る点が優れている。
 
 年始のNHKで『イチロー』のインタビューを行っていた。いけすかない、クールな選手だ。取材への応対はとてもゾンザイに映ったが、海を渡ってもやはり常に首位打者争いをする男だ。唯一神が自分なのか野球なのかは分からないが、まるで修行僧のような生活を送っている(送っているように見えた)。

 7年間、毎日昼飯はカレーだという。

 体のコンディションをなるべく同じ状態で保つのが目的とはいえ、これは幾らなんでも凄い。私も10年ほど前に、同じく昼飯はカレーのみというのを先輩と冗談で1ヶ月の間実施したことがあるが、最後は拷問のように感じた。昼飯に限ったことではないが、どんなに好きでも7年というのは出来ない。これを見て思い出す場面が、そういえば同じ番組で過去にあった。某飲料メーカーのウイスキーブレンダーがその会社の食堂に行くと、黙っていても“掛けそば”が出て来るというシーンだ。ウイスキーの味を決める責任者である彼も、自分の体調を一定に保つために、舌が狂わないよう、昼飯の種類を長らく固定していた。

 その道のプロ、第一人者ともなると、分野は違えど共通点が出て来るというのは興味深い。

 また、何でもイチローの前シーズンは、異次元の挑戦を行っていたらしい。過去の栄光をかなぐり捨てて、真っ向から自らに降りかかる重圧に対峙したのだ。人間だれしも、今までの自分をあっさりと捨てることなど適わない。だが、イチローはさらなる高みへと登攀すべく、過去の自分にしがみつかなかったという。

 これはつまりマイルス・デイビスではないか。昨年、NHKで菊地成孔氏が講師を務めた『私のこだわり人物伝』は、まさに、過去の作品世界を否定し続け、貪欲に前のめりに歩み続けたミュージシャンとしてマイルスを取り上げていた。

 ウイスキーのマスターブレンダーと同じ生活習慣を持ち、ジャズの帝王と同じ矜持で野球に取り組む男、鈴木一朗。その坊主頭からだけでなく、まるで修行僧のようであった。鬼気迫る表情を何度も垣間見せた。この人の周りに対する態度は横柄であるが、こと自分の仕事、手掛ける世界への妥協なき姿勢は、揺るぐことなく一流であった。

 一流といえば、TBSでミノモンタが司会を務めていた古代ローマ帝国の番組も見た。塩野七生氏も指摘する通り、ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)は類まれなリーダーだったという件で印象的なエピソードが紹介された。昼夜を問わずに行軍し、軍隊の指揮を執り続けたカエサルが、樹に寄りかかって眠ってしまうと、その傍らを通る兵隊は自分の甲冑が音をたてないよう気遣ったというのだ。戦地に赴かずに本国で兵站を分析するとか、たとえ戦地にいてもいつも最後方に控えて泥仕事をしないようなリーダーではなく、率先して行動で示す尊敬すべきリーダーであったのだろう。

 そのミノモンタの番組の前の晩、これもNHKで『私のこだわり人物伝“スペシャル”』というのを放送していた。マイルスも取り上げたのだが、チェ・ゲバラに私はカエサルをダブらせた。奇跡のキューバ革命を実現させた後、工業相となったゲバラは、労働者と一緒になって、それこそ朝から晩まで力仕事に汗を流した。そうしなければ民衆が何を望んでいるのか、社会文化を発展させるために何が問題となるのか、が分からないと思っていたらしい。

 今時、こんな宰相はいない。誰が好き好んでサトウキビを摘むというのか。

 カエサルもゲバラも、理想の道半ばで挫した悲劇のヒーローであるから、後世によって多分に美化されるにしても、リーダーの条件や才覚というものは、古今東西を問わないものだと改めて感心した。いつの時代も指導者に求められることというのはさして変わらぬようだ。

 と、ここまで来るとNHKの番組賛歌のようになってしまって、ちょっと居心地が悪いので、苦言を呈しておく。年末恒例の紅白歌合戦だ。全てを見通したというよりも、忙しく格闘番組とザッピングをしていたのだが、今年のNHKの紅白は、“ただ単にNHKが時代(の芸能)と寝た”としか映らなかった。

 どういうことかといえば、今の時代を真っ向から全て是認したような、たとえ問題があったとしてもお祭り気分なのだから、あえてくどくど説明する必要はありませんよね、と開き直ったような印象を受けたのだ。

 AKB48ほかの少女軍団を登板させることで、おじいちゃんおばあちゃん以外の若者層をアザトク惹きつけようとしたのであろうが、では健気に見えるこの多くの少女達を重用することで、彼女らを性の対象とする輩が爆発的に増大し、のっぴきならない犯罪を引き起こす遠因になっていることをどう説明するのか(もはや彼女らの学芸会の様子をテレビで垂れ流し続ける必要はないのではないか)。ただ単に我らが紅白に視聴(率)が戻りさえすればそれでよい、とはいえないはずだ、仮にも国営放送なのだから。
 
 加えて、中村中が赤組(女性)として、美川憲一は白組(男性)として、槙原ノリユキは当然といえば当然なのかもしれないが白組に入っていた。性同一性症候群とは病気の名前のように聞こえるが、彼らは社会的弱者でまだまだ偏見や差別の対象だ。なぜ忌み嫌ったり避けたりするかといえば、そうでない人からすると“一体何だかよく分からない”からだ。なぜそのような病気(症候群)が発生するのか、日本にはどのくらい推定いるのか(一説には国内でも一千万人を超すとのことだが)、世界ではどうなのか。
 なぜ同性愛者は増えつつあるのか(増えているように見えるのか、マヤにも江戸にも男色は多数いたのであるから)。タブー視されるのは、DNAに刻まれた子孫繁栄の志向を否定される恐怖ばかりでなく、厳然と存在するある嗜好や価値観の人達を、(そこにいるのに)見て見ぬ振りをしたい社会の要請があるからだろう。都合の悪いもの、説明のつきにくいものは、見えていても、見えない振りや何となくやり過ごすのが今の日本の雰囲気だ。

 今回のNHKによる歌手の仕分けは、説明が足りない。“何となくそういうことだ”という社会的雰囲気でしか視聴者を納得させていない。このジェンダーに関わる重要な問題も、特にNHKが番組を通じて教示して欲しいテーマであるにも関わらず。

 という具合で、手法は何でもいいから視聴者を舞い戻そうという形振り構わぬ切羽詰った感じと、“今の時代というのは何となくこういうことですよね”みたいな慇懃な慣れなれしさを感じさせた今年のNHK紅白だった。

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